「この国のかたち」Vol.2-1 経済対策とのバーターだった緊急事態宣言 2020/05/11

為替・金融・時事情報

2020年5月11日、Jbpressの記事、2回目です。

令和版「この国のかたち」の連載記事は、データを活用した政策形成の手法を研究している方々から配信された内容を、抜粋しています。

内容は、少子高齢化と人口減少が進むわが国の社会の質を維持し、さらに発展させるためには、データの活用による効率的な社会運営が不可欠である、との前提に基づいています。

今回は、「この国のかたち」の2回目、コロナで沈没する地方の「誰を生かし、誰を殺すか」、というタイトル、投資家で作家の山本一郎氏による記事です。

You Tube ブログ https://youtu.be/Kwy5OqahkDY

「この国のかたち」の連載1回目のキーワードでは「5G」と「オンライン診療」を取り上げました。私にとって注目している内容で、中身も実に的を得たものでした。

コロナで沈没する地方の「誰を生かし、誰を殺すか」、というタイトルの2回目は、1)経済対策とのバーターだった緊急事態宣言、2)重要なのはコロナ後にどういう日本を作るか、3)コロナによる自治体破綻の現実味、4)今求められる「経済の撤退戦」と続く記事に、コメントするという形で行います。

今回抜粋する、2回目のVol.2-1は、順番通り1)からです。

緊急事態宣言と併せて発表された緊急経済対策という応急的措置ですらこのような状態であり、出口戦略について明確なシナリオを描けないまま泥縄的な対策に追われているのは各国も同じである。巷で問われる「感染症による死か、経済困窮による死か」の論争は根深い。

アメリカでも、コロナウイルス禍が医療機関に大きな負担をかけ、感染・発症による多くの死者が続出しているなかでなお、一部のアメリカ人が「自由に経済活動を行う自由」を求めてデモを繰り広げている。と記しています。

自由な国アメリカならではの、「権利」や「務め」だと感じます。が、しかし、

日本では、『経済的に立ち行かない国民がいるのだから、政治がきちんとリーダーシップを発揮して給付金を一時的に出しましょう、という話でしかないのである。』

平らな「義務」の言葉を繰り返す国民でしかない、と感じます。

次に、こう記しています。

高福祉国家として名高いスウェーデンでは、人口1000万人ほどの小国であるにもかかわらず5月1日現在2679人が亡くなっている。日本の人口規模でみれば、コロナウイルス流行から3カ月足らずで3万人の死者を出したことになるこのスウェーデンのコロナ対策は、積極的な治療を行わず「集団免疫」を確保して社会全体がコロナに罹っても耐えられるようにするという発想に基づいているとされる。

しかしながら、コロナウイルスの感染については変異率も大きく一度獲得した免疫が次なるコロナウイルスの流行を抑え込める保証はいまのところない。

各国の感染症対策は別にして、日本では、緊急事態宣言が緊急経済対策とのパッケージ扱いとなり、ことがおこってからあわてて対策を立てたり準備したりする、泥縄的な緊急経済対策の対応を強いられている、と指摘しています。

手前味噌ですが、日本の銀行・企業への経済支援政策と地銀破綻懸念 2020/04/23と、

日銀「枠」を超えないアメとムチ政策 2020/04/27、で少し具体的な政策について説明していますので、参考にしてもらえれば幸いです。

次回は、「この国のかたち」Vol.2-1で、3)コロナによる自治体破綻の現実味、4)今求められる「経済の撤退戦」を抜粋するという、今回の話でした。

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