「この国のかたち」Vol.3 2020/09/27

為替・金融・時事情報

「政治と科学、責任を取るのはどちらか?」

2020年5月11日、Jbpressの令和版「この国のかたち」の連載記事、3回目です。

この記事の内容は、少子高齢化と人口減少が進むわが国の社会の質を維持し、さらに発展させるためには、データの活用による効率的な社会運営が不可欠である、との前提に基づいています。

今回は緊急事態宣言解除を前に、政治家と科学者の役割と責任を再考する、「政治と科学、責任を取るのはどちらか?」というテーマを基に話していきます。

YouTubeリンク https://youtu.be/rPMkitiYcQE

まずは当記事の一事例、2009年イタリアのラクイラで起こった大地震のケースを要約します。小規模地震が頻発していたこの地域について、地震の専門家(=科学者)は大規模な地震の兆候はないと発表しました。

ところがその後、マグニチュード6.3の地震が起こり、300人以上の住民が死亡しました。その結果、兆候はない、といった専門家(=科学者)が過失致死罪で告発され、1審で求刑を上回る禁固6年の実刑の判決が出されました。(控訴審では無罪になりましたが・・・)。

記事の筆者はこのように綴っています。「感染症に限らず、地震にしても、大規模な事故にしても、その原因や被害の予測、対策の多くは、高度な科学的判断の問題である。避難の指示や救援の決定を行う政治的リーダーも、その決定にあたっては、専門家の科学的見解に依拠せざるを得ない。」

最初の事例で出したイタリア地震では、問題に対して科学的判断を下した者も政治的決定を下した者も、不確実な出来事の結果を、最初実刑という処罰で下しました。

我々トレーダーに当てはめれば、このように解釈することが出来ます。

為替に限らず株価など、レートの変化による損失や利確は、不確実な出来事の結果引き起こされます。

また、地震・感染症や金融に限らず、ビジネスマンや日常の家事についても、実は同じ推論・判断・結果を繰り返しています。

2020年9月27日ユーロ円のチャートに、私はこのような図形や記号を記しています。2018年からの週足チャートです。

事実(=イコール:チャート)に向かい、私の科学的見解に基づき、本人がモアベターであると判断して作成した週足チャートです。

記事の筆者はこのように綴っています。「今日の科学は、特にビッグデータ解析が可能になったことによって、かつては知り得なかった将来の姿についても多くのことを知ることができるようになった。

とはいえ、その範囲は限られている。この世の現象について利用できるデータは限られている上に、将来を予測する方法も確立されているとは限らない。方法をめぐって学説が対立していることも珍しくない。また依拠する仮定や変数次第で、予想される将来の事象の発生確率が変わってくる。」

次は、2020年9月27日ユーロ円の日足チャートを表示しています。

2020年12月までの予想チャートを描いています。

金融やチャートは難しくて解らない、不確実なモノに予想しても意味は無い。という方も確実に高い確率でいらっしゃいます。

私の場合、ビジネスで行う行為や日常の家事と同様の作業と推論・予想、そして結果の分析をしているに過ぎません。

記事の筆者はこのように綴っています。「要するに、予測には幅があるのであって、決定を行う場合には、その幅の中から選択しなければならない。非専門家である国民の多くは、あるか、ないかというわかりやすい結論を求める。

つまり、一般の人々に受け容れてもらうには、説得力のある論理でわかりやすい結論を述べなくてはならないのだが、現実にはわかりやすく断言することは難しい。」

最後に、科学と政治の関係、専門家と政治的リーダーの関係はいかにあるべきか。についてこう記しています。

第一に言えるのは、科学を振興し、科学的予測の精度を高めることであろう。

今回のコロナ感染症に関していえば、最先端のICTを用いて国民の健康や生活状態などに関する詳細なデータベースを整備し、可能な限り豊富で客観的なデータに基づいて精度の高い予測を行い、政治的な配慮が入り込む余地を少なくすることである。

第二に、政治との関係について専門家と政治家の役割分担を明確にすることだ。それには、政治的リーダーが決定を下す場合に、決定の根拠とした専門家の見解をはっきりと示し、自らの決定の理由をわかりやすく発信することである。

専門家の助言が国民につらい負担を求めることであっても、コミュニケーションのスキルを高め、適切なタイミングで決定の根拠を明示して発信することが重要である。

以上、ご視聴ありがとうございました

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